始めてみよう 脳にいい習慣

2020年7月15日

医学博士 久保田競さんに聞く
 高齢になるほど、脳の機能は低下してしまうものです。これは避けられないことですが、ただ、老化を遅らせることはできます。脳の老化を防ぐ習慣について、国際医学技術専門学校の名誉校長で医学博士の久保田競さんに聞きました。
 
60歳以降、より変化が
久保田競著『60歳からの「脳にいいこと」習慣』から抜粋
 
 人生100年時代といわれます。健康な高齢者が増え、定年を迎えても社会で活躍する人は多くなっています。ただ、脳や体は、どうしても若い頃のようにはいかなくなります。
 一生で見ると、脳や体にどういった変化が起きているのでしょうか。
 生後から30歳までは、脳や体が成長し、いろいろなことができるようになる時期です。30歳から60歳は、社会では働き盛りの世代といえますが、少しずつ肉体と思考の衰えを感じるようになるでしょう。肉体や脳の変化には、脳を働かせるための最大酸素摂取量が大きく影響しています。
 最大酸素摂取量とは、体重1キロ当たり1分間に摂取する酸素量のこと。20代でピークを迎え、年を重ねるごとに緩やかに減少していきます。そのため、30歳ごろからは、だんだんと脳の働きが弱まってくるのです。
 そして60歳からは、少しずつ脳が萎縮していきます。これは、どんなに健康な人でも避けることはできません。
 その上、体にも変化が起こります。老化によって身長も縮まります。
 最大酸素摂取量が減るので、酸素不足により筋肉を動かす神経細胞も死んでいきます。すると、力が出ず、走ることが難しくなり、歩くことも大変になってしまうのです。
 逆に考えれば、加齢に伴い落ち込む最大酸素摂取量を、できる限り下げないよう維持することで、脳の老化を遅らせることができるといえます。
 
ジョギングで頭を活性化
 「脳を鍛える」というと、多くの人は頭を使って勉強することをイメージするのではないでしょうか。それも間違いではありませんが、実は一番オススメしたいのは運動で、中でも「ジョギング」です。走ることで、肺活量を増やすことができます。すると、脳に酸素が行き渡るので、高度な知的作業をつかさどる前頭前野を活発に働かせることができるのです。
 走る距離やスピードは、自分に合ったもので構いません。
 体を鍛えることを抜きにして、脳の活性化という視点でいえば、時速9キロ程度のジョギングが脳にいいことが分かっています。もっとスローペースでも結構です。この程度なら、体への負担は小さく、無理せず長続きできるのではないでしょうか。
 それでも、ジョギングをするのが難しい人もいるでしょう。その場合は、インターバル速歩をオススメします。インターバル速歩とは、例えば、10分程度ゆっくり歩き、次の10分は汗ばむくらいの早歩きをします。そして次の10分は、またゆっくりと歩く――この繰り返しを行うことです。週1回程度でも構いませんので、自分に合った距離で行ってください。
 年を取ると走ることがおっくうになると思いますが、走ったり歩いたりすることをやめたら、体も脳も衰えていってしまうので、ぜひ、挑戦してほしいと思います。
 
思い出す作業や暗算で鍛える
 脳は52の領域に分けられます。このうち10野と46野という部分が、脳の衰えを考える上で重要になります。
 10野は、問題を解決する時や創造的なことをする時に使われる領域で、複雑な課題を処理するのに不可欠な部分です。
 46野は、「ワーキングメモリー」という一時的な記憶が保存される場所であることが分かっています。
 一時的な記憶とは脳の中のメモ帳のようなもので、電話番号を聞きメモするまでの間の記憶だったり、買い物で何を買うか覚えておくことだったり、その目的を達成した後は覚えておく必要のない記憶のことです。
 年を重ねると脳が萎縮し、10野も46野のワーキングメモリーも機能が低下していきます。そうなると、計画的に物事を進めたり、状況に合わせた適切な判断をしたりすることが難しくなるのです。ちょっとしたことも忘れやすくなるのは、ワーキングメモリーの衰えといえるでしょう。
 そうした老化を遅らせるために、最もオススメしたいのは「暗算」です。難しいものに挑戦する必要はありません。暗算で頭を使う習慣があれば脳が鍛えられ、記憶力も増していきます。
 他にも、一日の予定を頭に入れて行動したり、前の日の出来事を日記に書いたりするなど、思い出す作業をすることもワーキングメモリーを鍛えることになります。
 
毎日の食べ物も意識して
 研究の成果で、脳にいい食べ物である「ブレーンフード」も分かってきました。注目すべきは、コリンというビタミン様物質です。
 コリンを含む食べ物やコリンの原料となる食べ物を食べると、神経伝達物質である「アセチルコリン」が作られます。アセチルコリンには記憶を助ける役割があるとされ、ワーキングメモリーをうまく機能させるといわれています。
 具体的には、大豆がオススメ。大豆に含まれている大豆レシチンがコリンの原料となるのです。
 他に、卵やサーモン、ナッツ類、ハーブ・スパイス類にもコリンが豊富に含まれています。
 また、青魚に多いDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)、そしてビタミンB群も脳の健康にいいことから、そうした物を意識して摂取していくのも大事な習慣といえます。
 
 くぼた・きそう 京都大学名誉教授。脳科学者(神経科学者)。医学博士。東京大学医学部卒業後、同大学院在学中に、アメリカ・オレゴン州立医科大学に留学。その後、京都大学教授等を歴任。前頭前野の研究をはじめ、大脳研究の第一人者。現在、国際医学技術専門学校で名誉校長を務めている。『60歳からの「脳にいいこと」習慣』(三笠書房)など著書多数。